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若くして花が咲いた自分 料理人履歴書

働き出したお店の料理長、
やはり地元の名士だけあって?
やっぱり厳しい、というより難しい方?でした。

びっくりするぐらい怒る時、
何が気に入らないのか突然、
鍋投げたり、、、蹴られたり、、、
いろいろあったけど
僕は、メゲズに必死に覚えいった。
当時は何処でもこんな感じが普通だったし。

親っさん自信(関西ではこう呼ぶ)
田舎から出てきて、江戸料理で有名なお店で修行
されて、
明治、大正生まれの方について修行してますから
普通なんでしょうね。
今となって考えたら、昭和時代の職人さんですね、




お店の裏が山手だったので、
暇みては空いてる土地を耕し畑を作り
いろんな野菜を育てたりしました。

山菜が好きな親っさんだったので
山に行って山菜の根っこひいて植えつけたり
もしました。
ですからでしょうか、可愛がってもらえた、
厳しくもありましたが
料理以外のいろんな事も、教えて下さりました。

七年月日は流れ、
60歳過ぎた親っさんは、お店を辞めました。
二番手さんが昇格して新料理長に。
僕はそのまま居残ったんですが
その方は、一年しか続きませんてました。

その後、その方には付いていかず、
自分で新しく働く職場を見つけました。
ところが
半年して、以前の日本料理店の女将さんから、
料理長やってくれないか、と。
嬉しかったし呼び戻してくれるなんて意外でした。

このお店、800坪ある日本料理店です。
女将さんは一代で築き上げたという
カリスマ的というか、
地元の商売人でも目を引く存在の方です。

普通若い人を料理長に昇格させるとき
顧問や、サポート的な人を付けるのが
常識の縦世界なんですが、それは全くなし。
僕自信も、ヤル気まんまん、不安のみじんすら
全くなし、そんな感じで
29歳の料理長が誕生しました。



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バツイチの ”料理人アラフィフ”
精神病と身体障害のダブル手帳が自慢?
娘一人と、わんちゃん3匹で
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